失楽ユータナジー - 5/11

 じっとりと湿気が肌に纏わりつく寝苦しさを覚えて、明良は目を覚ました。
 重い目蓋を開ければ、薄闇に沈んだ視界を占めるのは、ベッドを取り囲むように壁際にずらりと並んだ本棚と、アニメの美少女キャラのポスターの貼ってある天井。
 明良は、分厚いカーテンの隙間から陽の光が洩れているのを見、いつの間にか日が昇っていたと知った。

 どうやら気を失っていたらしい。
 あの後、休憩を挟んで更に犯されて、途中から記憶が曖昧だ。
 自分の部屋のはずなのに、奇妙に見知らぬ場所のような感覚を覚える。
 恐る恐る視線を彷徨わせる。あの男はいなかった。

 昨夜の出来事は、熱帯夜が呼び込んだ悪夢と思いたかったが、夢ではなかった。
 その証拠に、未だに四肢は自由にならず、口にもガムテープを貼られたままだった。
 違いがあるとすれば、今は仰向けに寝かされ、両足をそれぞれ折り曲げた状態で腿と脛を一纏めにしてガムテープで拘束されている、ということだ。
 下肢はみっともなくMの字に開かれ、腹の上で項垂れた性器も、度重なる凌辱でぼってりと腫れた肛門も、何ひとつ隠せない。

 溢れた精液で濡れた蕾は、傷ついた粘膜がヒリつき、直腸全体にまだ何か入っているような鈍痛を伝えている。
 親指の結束具も外され、代わりに頭の上で手首をロープのようなもので一つに括られていた。
 ヘッドボードかベッドの脚にでも括りつけてあるのか、力いっぱい引っ張ってみてもベッドが揺れるばかりで緩む気配もない。
 どころか、紐が擦れて手首が痛くなってきた。

 閉めきった狭い部屋に立ち込める生殖液と汗の臭いは、鼻が麻痺してもう殆ど感じないが、ふとしたはずみに嗅覚が蘇って、生臭い淫臭をたっぷりと吸い込む羽目になる。
 不意に喉元に酸っぱいものがこみ上げてきて、明良は必死に唾を飲み込んでこらえた。
 喉がいがらっぽい。無性に水が飲みたくて堪らなかった。

「おはようございます、明良さん」

 悪夢の元凶は、爽やかな笑顔で現れた。
 シャワーを浴びてきたらしく、濡れ髪が秀でた額に張り付いて、雫が垂れていた。
 バスタオルを腰に巻いただけの裸は、細身ながらしっかりと筋肉がついていて、憎らしくなるほど。
 冷蔵庫から持ってきたと思しいミネラルウォーターの2リットルペットボトルを手に、ベッドに腰掛けた。悲鳴じみてスプリングが軋む。

「喉、渇いていませんか?飲みますか?」

 覗き込み、ボトルを掲げてみせる。
 思わずゴクリと喉が鳴った。水が飲めるかも知れないと分かれば、一層渇きを意識し、水分が欲しくなる。明良は必死に頷いた。
 青年の笑みが深くなった。右手が明良の口元へ伸びた。
 ベリッと勢い良くガムテープを剥がされた。口の周りがヒリヒリと痛む。無精髭も何本か一緒に持ってかれたに違いない。

 明良はハッとした。
 口が自由になった。声が出せる。

(そうだ、助けを)

 だが、誰か来てくれたとして、こんなところを近所の人間に見られたらどうなるのか。縛られて、男のくせに男にレイプされた、恥ずかしい姿を。

(……それに)

 下手に大声を出して、相手を刺激したらどうなるのか。
 躊躇が渦を巻いて。
 一声も出せぬまま、馬鹿みたいに口を開いて、ただ男の顔色を窺うのが精一杯だった。

 

 てっきりボトルの口を宛てがって飲ませてくれるもの、と思っていた予想は外れた。
 明良の目の前で、青年は見せつけるようにボトルを呷った。
 唖然とした明良が、何て奴だ、と憤るより先に、ボトルを脇に置いた青年が覆い被さってきた。
 濡れた唇が自分のそれに近づいてくるのに気付いて、明良は咄嗟に顔を背けた。

 一瞬間が開いて、顔のすぐ横でゴクリと口の中の水を飲み下す音がした。
 チラリと横目で男を見上げた。
 虹彩と瞳孔の色合いが殆ど同色の、色の薄い瞳が、不思議そうにこちらを見ていた。

「明良さん、飲まないんですか?」

 穏やかな声だった。端正な顔は真顔で、今は笑っていなかった。

(……口移しで飲ませるつもりだったのか)

 やっと青年の意図を理解し、けれど、湧き上がる困惑はどうしようもなかった。
 だが、受け入れなければ、飲ませてはくれないだろう。どころか、機嫌を損ねれば何をするか分からない。
 もはや喉の痛みは耐えがたくなっていた。

(飲みたい)

 明良は、首を振った。その仕草は、いとけない子供に似ていた。
 青年の口角が、ふっと僅かに上がった。
 ペットボトルを取り、もう一度水を口に含む。片手で明良の顎を掴み、ゆっくりと顔を近づけていった。
 ひたと己に据えられたその眸の圧力に耐えられなくて、明良は目を閉じた。
 やわらかいものが唇に触れ、口を塞ぐ。舌先が、開けろと促すように唇を割り、歯列を抉じ開けた。
 合わさった唇の間から、冷えた水が流れ込んできた。喉を鳴らし、夢中で貪る。乾き切った体にしみ渡るようだった。

 青年は顔を離し、また一口水を含んでは口接ける。
 明良は、今度は自分から口を開いた。
 水と一緒に、舌がするりと入り込んだ。明良が水を飲む間にも、水温と同じに冷えた滑らかな肉が、舌の根をまさぐり、口蓋をなぞる。

 怯えて縮こまった舌の上に、ミネラルウォーターの甘みだけでない、唾液の甘い味が広がった。
 水を飲み終えた後も、暫く蹂躙は続いた。舌を絡め、吸い、軽く食む。顎を掴んでいたはずの右手が、いつの間にか胸を撫で擦っていた。

「ンッ、んン、ん……」

 明良はきつく眉根を寄せ、呻いた。悩ましげな鼻声には、どこか甘い響きがあった。
 やっと解放された頃には、すっかり息が上がっていた。