――どこか遠くで、意識と切り離された身体が、揺さぶられている。
うっすらと開いた眼は、自分の体の上で身を強張らせて達した男を映しているようでいて、その実何も視ていない。
イきっ放しの余韻に狂ったからだが、腔内に注ぎ込まれる精液を感じて、小さく痙攣する。
体内から引き抜かれる折にまた軽く絶頂し、腹の上の萎えた肉塊が濁りの混じった淫液を吐き出した。淫液は最前胸から腹にかけてぶちまけた白濁と混じり合い、汚濁を広げた。
胸が大きく起伏し、呼吸するたびにふいごのような音を立てる。動悸が激しくて、心臓がなかなか落ち着かない。運動不足の三十代の身体が悲鳴を上げていた。
時間が経つにつれ、ゆっくりと意識が身体に戻ってきた。
目の焦点が合ってはじめて、男が隣に横たわって、自分を見つめているのに気付いた。
やわらかい微笑が見下ろしていた。
「……気持ち良かったでしょう?」
明良はドキリとして目を伏せた。
(俺、イッたんだ)
男にハメられて勃起して――よがって。
自分の痴態を思い出し、血の気が引いた。眩暈がする。キュッと絞られるように、胃も痛い。
(あんな――あんな凄い)
異様な高揚が冷めてみると、何故強姦者の言葉を真に受けて、全てを投げ出す気になったのか、自分でも分からない。
おぞましいだけの行為に、どうしてあんなに興奮したのだろう。
自分が恥ずかしくて、情けなくて堪らなかった。
一方で、妙に冷静な自分もいた。
結局誰も助けてはくれないし――このままずっと犯され続けるんだろう。
男が飽きるまで? 自分が死ぬまで――殺されるまで?
誰にも気付かれないまま……二人きりの閉ざされた世界で……他に誰もいないのなら……
(そうなるようにされたんだから、仕方が無い )
男は明良の胴に腕を回し、汗ばんだ体を寄せた。汚れるのも構わないようだった。額に貼り付いた髪を指で整え、こめかみに口接ける。
「明良さんに喜んでもらえて、とても嬉しいです。まだまだやりたいことが沢山あるんです。これから色んなことして差し上げますから、いっぱい気持ち良くなって下さいね?」
小鳥の啄むような口接けを落としていく。
拘束凌辱した相手に吐く、一方的な狂気の理屈でなければ、恋人の睦言と取れなくもない。
口接けは首筋を通り、鎖骨へと下りていく。男は胸にその白い額をつけた。
まばらに毛の生えた乳輪に唇を寄せ、中心の小さな肉豆を啄む。
甘いむず痒さを感じ、明良はたじろいだ。
やわらかく濡れた舌先にチロチロと舐め転がされると、奥にじんわりとした熱が募る。
「んっ……く」
「感じてます?」
作り物めいた端正な顔が、上目遣いに見上げる
歯を食いしばり、目を瞑った。
だが、上気して赤みの差した頬は隠しようもない。
「声、出して。感じて」
支配者たる男が、優しい声音で命じた。
肉粒を歯で咥えて甘噛みする。軽い痛みとともに、ビリビリと痺れる快感がさざ波のように胸に広がる。
「んあっ!……ぁはん……」
知り初めたばかりの愉悦が、からだを満たす。
敏感なからだがまた達し、ひくん、と震えた。
閉じなくなった浅ましい孔から、汚辱のしるしがトロトロと溢れ出てきた。
「感じやすいんですね」
ぽつりと落とされた呟きに、カッと首筋まで朱に染まった。
「こんなに初心なのに感じやすくて、慎ましいのに淫らだなんて……本当に、あなたは僕の理想の人だ」
感極まったように、強く抱き締められた。
覆い被さってくる男の肉体の重みに、明良は小さく喘いだ。
強引に塞がれた唇を割って、舌が入り込んでくる。
水を飲ませようとした時と同じ、全く遠慮というものがない。自分の感情だけがあって、相手の心の裡を忖度する意志はまるでないのだった。
それでも四度目とあって、明良自身もいくらか気持ちが慣れたのか、口腔をまさぐる舌に合わせて、自分からおずおずと舌を突き出した。
「ンっ、ふ、う、ンう」
ねっとりと絡んでくるのをされるがままに受け入れた。軟体動物じみた表皮が這うのを感じ、流し込まれた唾液の甘みを味わう。
背筋がぞわざわと粟立つ。頭の芯が熱くなって、熱で蕩けそうだ。
ああ、求められてる。
それが肉体だけで、
歪な欲望をぶつける為の対象でしかないとしても、
何にも代えがたいほど、純粋に欲しいと思われているのならば。
(俺は、あいされてるんだ)
唾液の細い糸を引きながら唇が離れた。
思わず切ない吐息が零れる。
「終わる時には、さみしくならないように、ちゃんと死なせてあげますね」
青年の、瞳を潤ませた幸福そうな笑顔を見上げ。
明良はこくんと頷いた。
– end –