失楽ユータナジー - 11/11

 ――どこか遠くで、意識と切り離された身体が、揺さぶられている。
 うっすらと開いた眼は、自分の体の上で身を強張らせて達した男を映しているようでいて、その実何も視ていない。
 イきっ放しの余韻に狂ったからだが、腔内に注ぎ込まれる精液を感じて、小さく痙攣する。
 体内から引き抜かれる折にまた軽く絶頂し、腹の上の萎えた肉塊が濁りの混じった淫液を吐き出した。淫液は最前胸から腹にかけてぶちまけた白濁と混じり合い、汚濁を広げた。

 胸が大きく起伏し、呼吸するたびにふいごのような音を立てる。動悸が激しくて、心臓がなかなか落ち着かない。運動不足の三十代の身体が悲鳴を上げていた。

 時間が経つにつれ、ゆっくりと意識が身体に戻ってきた。
 目の焦点が合ってはじめて、男が隣に横たわって、自分を見つめているのに気付いた。
 やわらかい微笑が見下ろしていた。

「……気持ち良かったでしょう?」

 明良はドキリとして目を伏せた。

(俺、イッたんだ)

 男にハメられて勃起して――よがって。
 自分の痴態を思い出し、血の気が引いた。眩暈がする。キュッと絞られるように、胃も痛い。

(あんな――あんな凄い)

 異様な高揚が冷めてみると、何故強姦者の言葉を真に受けて、全てを投げ出す気になったのか、自分でも分からない。
 おぞましいだけの行為に、どうしてあんなに興奮したのだろう。
 自分が恥ずかしくて、情けなくて堪らなかった。

 一方で、妙に冷静な自分もいた。
 結局誰も助けてはくれないし――このままずっと犯され続けるんだろう。
 男が飽きるまで? 自分が死ぬまで――殺されるまで?
 誰にも気付かれないまま……二人きりの閉ざされた世界で……他に誰もいないのなら……

(そうなるようにされたんだから、仕方が無い・ ・ ・ ・ ・

 男は明良の胴に腕を回し、汗ばんだ体を寄せた。汚れるのも構わないようだった。額に貼り付いた髪を指で整え、こめかみに口接ける。

「明良さんに喜んでもらえて、とても嬉しいです。まだまだやりたいことが沢山あるんです。これから色んなことして差し上げますから、いっぱい気持ち良くなって下さいね?」

 小鳥の啄むような口接けを落としていく。
 拘束凌辱した相手に吐く、一方的な狂気の理屈でなければ、恋人の睦言と取れなくもない。
 口接けは首筋を通り、鎖骨へと下りていく。男は胸にその白い額をつけた。
 まばらに毛の生えた乳輪に唇を寄せ、中心の小さな肉豆を啄む。

 甘いむず痒さを感じ、明良はたじろいだ。
 やわらかく濡れた舌先にチロチロと舐め転がされると、奥にじんわりとした熱が募る。

「んっ……く」
「感じてます?」

 作り物めいた端正な顔が、上目遣いに見上げる
 歯を食いしばり、目を瞑った。
 だが、上気して赤みの差した頬は隠しようもない。

「声、出して。感じて」

 支配者たる男が、優しい声音で命じた。
 肉粒を歯で咥えて甘噛みする。軽い痛みとともに、ビリビリと痺れる快感がさざ波のように胸に広がる。

「んあっ!……ぁはん……」

 知り初めたばかりの愉悦が、からだを満たす。
 敏感なからだがまた達し、ひくん、と震えた。
 閉じなくなった浅ましい孔から、汚辱のしるしがトロトロと溢れ出てきた。

「感じやすいんですね」

 ぽつりと落とされた呟きに、カッと首筋まで朱に染まった。

「こんなに初心なのに感じやすくて、慎ましいのに淫らだなんて……本当に、あなたは僕の理想の人だ」

 感極まったように、強く抱き締められた。
 覆い被さってくる男の肉体の重みに、明良は小さく喘いだ。
 強引に塞がれた唇を割って、舌が入り込んでくる。
 水を飲ませようとした時と同じ、全く遠慮というものがない。自分の感情だけがあって、相手の心の裡を忖度する意志はまるでないのだった。
 それでも四度目とあって、明良自身もいくらか気持ちが慣れたのか、口腔をまさぐる舌に合わせて、自分からおずおずと舌を突き出した。

「ンっ、ふ、う、ンう」

 ねっとりと絡んでくるのをされるがままに受け入れた。軟体動物じみた表皮が這うのを感じ、流し込まれた唾液の甘みを味わう。
 背筋がぞわざわと粟立つ。頭の芯が熱くなって、熱で蕩けそうだ。

 

 ああ、求められてる。
 それが肉体だけで、
 歪な欲望をぶつける為の対象モノでしかないとしても、
 何にも代えがたいほど、純粋に欲しいと思われているのならば。

(俺は、あいされてるんだ)

 唾液の細い糸を引きながら唇が離れた。
 思わず切ない吐息が零れる。

「終わる時には、さみしくならないように、ちゃんと死なせてあげますね」

 青年の、瞳を潤ませた幸福そうな笑顔を見上げ。
 明良はこくんと頷いた。

 

– end –