甘い生活 - 4/4

 ――数カ月後。
 国際空港のロビーは人でごった返していた。
様々な人種、年齢、服装の人間が行き交い、広く開放的な空間に潮騒のようなざわめきが満ち溢れる中を、 多言語のアナウンスが響き渡る。

「いいよ、父さん。そんなに心配しなくても。大丈夫だって」
 照れ臭さにほんのり頬を染めながら、冬馬はそっぽを向いた。
 子供っぽい矜持から周囲の人々の目が気になって、不在中に迷惑をかけないようにと念を押す父のしつこさが耐え難かったのだ。

「お前、そうは言ってもだな……」
 食い下がる父親に向かい、蒼司が穏やかな笑みでなだめる。
「大丈夫ですよ、宗次郎。旅行中の冬馬の面倒は僕たちがちゃんと見させていただきますから」
「家庭教師もしますので、ご安心を」
 その隣で、すまし顔で紅司が引き取る。

 その清雅な笑顔に表情を緩めた冬馬の父の横から、年齢不詳の少女じみた美貌の女性がひょいとその腕を取って割り込んだ。
「蒼司。宗次郎さんのことは『お義父さん』と呼んでと言ったでしょう」
「だってマリエ」
「マリエ、じゃあないでしょう? 『お母さん』でしょう。もう。宗次郎さんや冬馬さんの前で、恥ずかしいじゃあないの」
 双子とよく似た美貌に桜色を上らせ、頬をぷうと膨らませて拗ねる。
「いいんだよ、真理絵さん。蒼司君と紅司君がそれまで君をそう呼んでいたんなら、いきなりは変えられないだろうし、私のことも父とは呼び難いだろう。今までどおりでいいんじゃないかな」
「まあ、宗次郎さん……」
 外野を放置してうっとりと見つめ合う父親と母親に、口を噤んで生温く見守る子供たち。
 冬馬は呆れたように視線を外した。

 と、不意にその肩に腕が回されて、ぐっと掴まれた。その感触に反射的に身体が強張る。
 横目で見ると、やわらかい微笑を浮かべた蒼司の端正な横顔があった。心臓がドキリと躍る。
「笑って。詰まらない顔をしたらマリエが心配するだろう」
 小声で吹き込れたのは、やわらかいが有無を言わさぬ命令。
 動悸を抑えて冬馬は前を向き、努めて自然なふうを装った。

 その短い間に、親二人のラブラブタイムは終了したようだった。
「宗次郎がマリエを幸せにしてくれると思ったから、許したんだからね。それを忘れないでね」
 冗談めかして笑いながら言った紅司の言葉を、父親は真剣に受け取ったようだ。ハッと胸を突かれたように真顔になると、「ああ、そうするよ」と頷いた。
「もうそろそろ時間ではないですか?」
 さりげなく蒼司が切り出すと、父親は電光掲示板を見上げた。
「おお、そうか――」
 一頻り新しく家族となった人たちの間で、旅立ちの挨拶が交わされる。
 双子の母の真理絵は子供たちとの別離を寂しがって、ほんの十日間の旅だというのに、子供のように泣いていた。

 展望デッキで飛行機の飛び立つのを見送り、数分後。
 すっかり退屈顔の冬馬は、手すりを掴んで身体をぶらぶらさせていたが、いつまでも機影の消え去った方角を見つめているふたりを振り向いた。

「面倒見ます――なんて言ってさ。嘘ついていいのかよ」
「嘘はついてないよ。ちゃんと勉強も見るしね」
 涼しい顔で蒼司は嘯く。
「冬馬も僕たちの弟になったんだから、いい大学に入って、それなりのところへ就職してもらわないとね」
 紅司が艶然と口の端を持ち上げ、揶揄う。

「僕たちが仲良くしないとマリエが悲しむからね」
「別れさせようかとも思ったけれど、マリエは宗次郎が本当に好きだからね。仕方ないさ。マリエには幸せでいて欲しいもの」
 頷き合う姿を見て、短い付き合いの間に双子の性格がいくらか飲み込めてきた冬馬には、それが二人の本音だと分かった。

 もし双子たちが諦めて二人の仲を認めず、強引に別れさせる方を選んでいたら、父親と自分はどんな目に遭っていたのだろうか。ひょっとしたら、自分が味わった過酷な責め以上の仕打ちを受けていたのでは――と思い至り、冬馬の背に冷たいものが走った。

 そんな冬馬の胸中を知ってか知らずか、双子たちは両側から腕を取り、肩を抱いて絡め取る。
「でも、冬馬は予想外に可愛かったし。禍福は糾える縄の如し、だね」
「マリエと宗次郎が留守の間は、寂しくないように僕たちがたくさん一緒に遊んであげるね」
 耳孔から甘い毒蜜が注がれ、腕の内側を繊細な指先が這い回り。

「欲張りな冬馬。あれが、気に入ったんだよね?」
 服の上からさり気なさを装って、押し付けられた腕が胸の尖りを痛いほどに刺激して。
 皮膚をざわつかせる甘美な疼きに、ああ、と冬馬は熱い吐息を零す。

 

あの日から数ヶ月間ずっと。
 放課後や休日に呼び出されて、双子との性交を強要された。
 拒否すれば、多忙な父の不在を良い事に自宅に押し入られて、自分の部屋でも犯され。
 全身愛撫の沼に浸されて幾度も絶頂を味わい、後孔を嬲られる快感を繰り返し繰り返し覚え込まされ。
 そのうちに――自分で穴を晒して挿れてと強請り、抱かれて腰を振っていた。

 今では、双子に触られただけで発情を抑えられない。
 先ほど、蒼司に肩を抱かれた時もそうだった。
 熱く火照って、会陰の辺りから欲望の根元までがどくどくと脈打って、腰が砕けそうになる。

「ああ冬馬。もう我慢できなくなった?」
 うっすらと頬を上気させた冬馬を相似の美貌が覗き込み、くすくすと喉を鳴らして笑う。
 違う、と強がって首を振っても、見透かしたように背中を撫でられて。
「そうやって甘え顔をしている冬馬はとても可愛いけれど、少し我慢も教えたほうがいいかな」
 口ではそう言いつつ、手は腰骨をなぞり、脚の付け根をくすぐる。
「家に着くまでお預けだよ。聞き分けのない悪い子は、お仕置きするからね」
 ふたりは巧妙に自分たちの身体で他人の視線を遮って、ゆるい愛撫を加えつつ、足元の覚束なくなった義弟を展望デッキから連れ出した。
 人混みを泳ぐように縫い、空港出口へ向かう。

 服の上から膚に微妙な刺激を与えるだけの、もどかしい愛撫に喘ぎを押し殺しながら、冬馬は考える。
 帰りの車中で、双子は自分を手酷く玩ぶだろう。絶頂寸前まで追い込んで、しかもギリギリでイけないように散々じらして。
 ずっと双子の家に仕えている専任の運転手は口が堅くて、車内で何をしようと動じないのに、冬馬は後部座席で剥き出しになった局部を双子たちに弄くられるたび、羞恥に身悶えして一層淫らに感じてしまう。
 これから味わう怖ろしいほどの悦楽と――自宅に戻ってから、ふたりに抱かれる至福を思い、自然恍惚と唇が綻んだ。

「……だったら、好きに躾ければ。俺の面倒、見るって親父に約束したんだろ」
 悪ぶって挑発的に睨み返す義弟の瞳に、蜜のごと蕩けた輝きと匂い立つ色香を読み取って。
 双子は端麗な顔を見合わせ、密やかに笑い交わした。

 

– end –