残照 - 1/3

 ミスった、失敗した、と胃の腑をじわりと蝕む後悔に、アイは小さく呻いた。
 隠れ家にしている倒壊したビルに通じる裏道に、脂ぎった頭髪を振り立てた男ふたりが、アイの行く手を遮って立っていた。
 後ろからは、追ってきた連中の足音が聞こえる。どう考えても挟み撃ちだった。
「もう逃げられねえぞ、クソガキ」
 溜まりに溜まった鬱憤を、晴らせる相手がやっと見つかったと、嗜虐の色にギラギラと輝く瞳が告げていた。

 

 同時多発した大災害により文明が崩壊して、数ヶ月。
 多くの人間が死に、都市は廃墟と化し、文明を支えていたインフラは壊滅した。テレビもラジオも沈黙し、救助が来る気配さえ無い。
 災厄を生き延びた人々も、この数カ月の間に、怪我や病気、飢餓に倒れた。
 残った僅かな食糧と水を求めて争いが起き、少なくない人間が暴力によって命を失った。
 血で生命を購う、弱肉強食の時代が到来したのだ。

 それは、両親を喪い、孤児となったアイたちも例外ではなかった。
 弟のユウとふたり、大災害を奇跡的に生き延びたアイは、幼い弟を守りながら、廃墟となったかつてのビル街で生活していた。
 大人はもう他人の子供など守ってはくれない。食べ物も飲水も寝床も、全部自力で手に入れなければならなかった。
 小柄な体躯を活かして狭い場所に入り込んで食料を探したり、時には必要な物を他の大人たちのグループから掠め取ったりして、露命を繋いだ。

 

 しかし、今度ばかりは相手が悪かった。
 地理に慣れない流れ者をカモにしたつもりで、タチの良くない無頼漢の群れに喧嘩を売ってしまったのだった。
 奥歯を噛み、決意を固める。
 別方向に逃した弟が無事でいるかどうか、気掛かりでならなかった。打合せた場所に俺が来るまで隠れていろと指示しておいたが、幼い弟はあまり遅いと探しに出てしまうかも知れない。
「こっち来んな!!コイツが見えないのかよ!」
 ベルトから大ぶりのナイフを抜き、相手によく見えるように前に突き出した。アクション・ゲームのナイフ使いを、見よう見真似で真似した構えだ。

 ゴロツキたちは少し目を見開き、足を止めた。だが、張り付いたニヤニヤ笑いは消えない。
「おいおい。そんなオモチャ振り回したら怪我すんぜ?」
 後ろから追い付いてきた連中と目配せし、ナイフを警戒しつつもジリジリとにじり寄ってくる。
 気を取られたアイが、そちらに向かってナイフを向けた次の瞬間。

「おーらよっと!」
 死角から、鉄パイプが振り下ろされた。まともに当たっていたら骨折しかねない、大人の全力の一撃はだが、咄嗟に振り向いたアイの腕ではなく、運良くナイフの刀身に当たった。
 ナイフが手から弾け飛び、アイは手首を押さえてしゃがみ込む。衝撃と激痛で手が痺れていた。
「ほーら、大人の言うこと聞かねえから、よっ!」
 また鈍器の一撃が見舞い、軽く振り回しただけなのに、細い少年の身体は軽々と吹っ飛んだ。

「大人を馬鹿にするようなワルガキは懲らしめてやらねえとなあ!」
 男たちは蹲るアイを取り囲み、散々に小突き回した。アイの小柄な身体は、男たちの間でキャッチボールの球のようにやり取りされ、その度に痣や傷が増えた。
 廃墟から見つけて身につけていた道具類、ポケットの多いベストやサイズの合わない大人もののシャツは、たちまちのうちに剥ぎ取られた。

「まずはカラダでお詫びしてもらおうか、ああ?」
 ぼろぼろのズボンに手が掛かり、煤けた下着もろとも一息に引き下ろされた。
 ぐっと頭を地面に押し付けられ、肩と足首も左右から抑えられた。腰を高く上げた四つん這いの姿勢のまま、頭を上げようにもビクともしない。
「お兄ちゃん!!」
 弟のユウの叫ぶ声が聞こえてきた。どうやら弟も捕まってしまったらしい。
「やめろ!弟に触るな!!」
 必死に頭を捩じ向けて、火を噴きそうな怒りの眼で睨む。
 が、しかし、多勢に無勢。年若い少年はあまりに無力だった。

「まーだ毛も生えてねえか。ケツの穴もキレイなもんだ」
「いいねえ、やわらかくてスベスベしててよぉ。こんくらいの年頃は女も男も大して変わんねえなあ」
 周囲の男たちは口々に勝手な感想を喋って、尻を撫でたり、股の間に手を突っ込み、未成の性器を揉んだりして弄くり回した。
 普段誰の目にも晒すことのない、性器や肛門に視線が集中しているのを感じ、羞恥と恐怖に息を呑む。

「いやっ、やめろ!!触んな!」
 今何をされているのか、これから何をされるのか。理解不能の事態に恐慌をきたして、少年は自由にならぬ手足をバタバタさせてもがく。
「逃げられやしねえよ。大人しくしてろ」
 中の一人が、縮こまった性器をぐっと掴んだ。
 ひ、とアイの口から思わず小さな悲鳴が上がる。
 篭められた力は僅かなものであったが、急所を痛めつけられる痛みと恐怖は、アイの気力を確実に削いだ。
 アイは動きを止め、怯えた目で男たちを見上げて、様子を窺った。

「最初は俺だ。傷の分、返してもらうぜぇ」
 額に血染めの布を巻いた男が前に進み出た。逃げる時に、アイに石をぶつけられた男だ。
 ぐいと髪を掴んで頭を持ち上げられたアイの眼前で、男は元はジャージだったらしきボロボロのズボンを下ろす。剛毛の生えた下腹がアイの視界を占めた。
 その茂みの中から、異形としか言いようのない肉棒が、上向きに突き出している。
 男は自身の手で半ば勃起した男根を持って、アイの口元に突きつけた。

「口開けろ、口! さっさと咥えんだよ」
 初めて間近で見た、父親以外の大人の男の陰茎は、ゴツゴツとして太く、筋の浮いた肉色の表面があまりに醜くて、モンスターの幼生にしか見えない。先端の割れ目が一つ目で、睨まれているように感じる。
 思わず顔を背けた。

「やぁっ!助けて、お兄ちゃん!!おにいちゃあん!!」
「ちっとでも歯ァ立ててみな。弟が死ぬぜ」
 ぐいと捻じ向けられた視線の先に、泣きじゃくる弟の顔が見えた。涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃに汚し、縋る目で一心にこちらを見ている。
 と、捕まえていた奴が腕でも捻ったか、ユウが甲高い悲鳴を上げた。
「痛ぁっ!! 痛いよ、離してよう!」
 ぐ、と食い縛った歯の奥から、変な音が洩れた。

 後ろから回された太い指が、アイの鼻を摘んだ。息苦しさに開いた口に、すかさず男根が捩じ込まれる。
「……ッが、ぐぶッ」
 鼻を突く饐えた異臭と塩辛い苦味に吐きそうになる。アイはぎゅっと目を瞑って耐えた。
 ぐいと後頭部を押さえられ、逸物が喉奥を突く。異物の侵入に喉奥が収縮し、噎せて唾液が口の端から溢れて顎を濡らす。目に涙が滲んで溢れた。
 兄の様を見て、目に涙を浮かべて鼻を啜り上げていた弟が、本格的に泣き出した。
 一人がすぐさま、「静かにしないと殺す」と喉首を締め上げて脅し、黙らせた。

「この!クソガキが!思い知れっ!このっこのっこのっ!!」
 男は呪詛に満ちた罵声と同時に腰を前後に動かし、稚い口腔を犯し続けた。ぐぽぐぽと派手な水音が撒き散らかされる。
 息苦しさで、段々アイの意識が朦朧としてきた。

「やだっ!痛い、痛いよう!!」
 弟の鋭い悲鳴が耳を突く。一瞬で頭の靄が晴れた。
 振り向こうとした頭は、だが、大きな掌でがっちりと掴まれて動かない。
「弟が死んでもいいのかよ?」
 頭上から薄笑いの声が降り、男根は変わらず口腔を一杯に占領して喉奥を犯し続けてくる。
 吐き気を堪えながらアイは、唯一自由になる目を動かして、必死に弟の姿を探した。
 だが、啜り泣きが僅かに聞こえるばかりで、それも口腔を蹂躙する淫猥な水音と、自分の呼吸音で掻き消された。