肉体の悪魔 - 1/3

 私は、夜の来るのが、怖ろしい。

 闇はすべてを覆い隠して、見えなくする。
 日中は暗がりに追いやられていた悪が、這い出してきて堂々と往来を歩き回る。
 見えなかった罪が、闇のもとで露わとなり、そのか黒い背を仄光らせるのだ。
 それはここ、神の家であるはずの教会にあっても変わらない。

 

 祭壇に向かって突き飛ばされ、私はよろめき、かろうじて手をついて自分を支える。
 ぶつかった弾み、祭壇の上の燭台が、派手な音を立てて倒れた。
 教会は暗く、薄闇に包まれ、光は僅かに高窓から差し込む街の明かりと、壁面の小さな灯のみ。
 中央の通路を歩く男は、素早く大股で近付いてきた。黒い外套が、悪魔の皮翼めいてはためく。
 祭壇に寄りかからざるを得なくなった私の上に、長身を屈めて伸し掛かった。
 思わず後退ると、下穿きを引き下ろされて剥き出しになった臀部が、刺繍を施した豪奢な掛け布で擦れた。
「もうやめてください。こんなことは」
 顔を顔を背け弱々しく呟く私を、男は顎を掴んで強引に捻じ向けさせた。
 浅黒い顔に浮かんだ嗤笑が、眼前に迫る。
「良い子ぶってんじゃねえよ、神父サマ。」
 押しのけようと伸ばした掌に触れた肉体の、その荒々しいほどの質量。膚から立ち昇る麝香に似た男の匂いが、私をおののかせる。

 

 半月ほど前の夜、私はこの男に犯された。
 それから夜毎男は現れて、決まって神の御前で私を犯す。
 私はこの男の名も、未だに知らない。
 「名前なんかどうでもいい」と教えてくれぬまま、男は私を弄ぶ。

 

「俺は知ってんだぜ。あんたが男好きのド淫乱だってことは」
 耳を打つ、低い声。下卑た笑い。
 引き締まった精悍な顔立ちは、いっそ端麗と言えるくらいなのに、こういう笑い方をすると酷く下品に見える。

「期待してチンポおっ勃ててるんだろ?」
 笑い含んだ声が真正面から振ってきて、カッと頬に血が上る。
「そんな……」
「まだ勃ってねえってか? ん? ならこいつはどうだ?」
 不意に唇を塞がれた。
 噛み付くように激しく強く。
 こじ開けられた口の中で、侵入した舌が滅茶苦茶に動き回る。無遠慮につつき、擦り付け、追い立て、翻弄した。
 大きな手が僧服の胸を這い回り、発作的に暴れる私の動きをやすやすと封じて、内側に忍び込んでくる。
 体の奥深くの埋み火を掘り起こされる、血管の中に火が走る。息苦しさで頭の芯が眩む。

 ふっと目の前が暗くなりかけた頃、やっと唇が離れた。
 気が付くと私は、男に支えられてようやく立っているような有り様だった。
 僧服の前が完全に開いて、シャツのボタンも外され、裸の胸が剥き出しになっている。
「乳首、大きくなってきたな」
 荒い呼吸を繰り返す間も、指の腹で容赦なくしこりを捏ね回され、ねっとりとした声で絡め取られる。
 尖りを爪を立てて強く摘まれると、痛みと一緒に、甘い痺れが広がる。
「ふっ……クッ」
「声、出せよ」
 喘ぎを噛み殺そうとする私を嘲笑い、執拗に指先で転がし、何も無い平たい胸を撫で回す。首筋に顔を寄せ、舌を這わせ、甘咬みする。
「……ッ、ン、ンン、ぅふう……ッ」
 私が歯を食いしばり、懸命に声を抑えようとすればするほど、皮肉なことに甘い疼きは強くなり、足から力が失われていく。火の塊が欲望の根元を震わせ、腰の内側に溜まっていく。
「目ェ開けて、下を見な」
 耳朶を食まれ、濡れた舌と一緒に、熱い囁きが捩じ込まれる。
 その怖ろしいほどの優しい響き。
 私はうっすら目を開けた。男は私の肩を抱いて支え、促す。
「勃ってる」
 熱夢に侵された視界の内で、隠すものの何もない下腹部に、紛れも無く完全な形を備えてそそり立つ己の欲望が映った。