誰が駒鳥殺したか? - 2/3

 ロバートは、入学した時から目立つ生徒だった。
 長い睫毛に大きな瞳と、稚児遊びの好きな上級生が好みそうな、少女じみた美貌。
 小柄で華奢な肢体、白い膚は、わざわざ高等科から覗きに来る学生まで出て、随分と評判となったものだ。
 加えて、学業でも教師たちから絶賛を浴びる秀才振りを発揮し、程なくその方面でも話題となった。
 試験でほぼ満点の、学年首席の優等生。
 だが、この可憐な駒鳥ロビンは、同時に滅多なことでは他人を寄せ付けない、氷の女王様でもあった。

 言い寄った上級生たちはすげなくはね付けられ、侮蔑の冷たい視線を浴びせられた。
 幼稚な振る舞いをする同級生たちにも容赦なかった。辛辣な皮肉を吐き、馴れ合いを嫌い、孤高を保ち続けた。
 意趣返しに陥れようとする動きも無いではなかったが、先生たちに注目されすぎて手が出し辛く、いつしか遠巻きにするばかりで誰も近付かなくなった。

 

 エセルは丸々一学期掛けて、このクソ真面目でお高くとまった優等生を落とした。
 まずは監督生として、学年首席となった成績優秀な下級生を褒めるところから始め、徐々に馴らしていった。
 機会を見つけては、学問上の会話や本の貸し借りをして、少しずつ親交を深めた。
 ロビンも、エセルの学識の深さや折り目正しい態度に、尊敬の念と好感を持ったようである。次第に警戒心を薄れさせていった。

 やがて、口実をつけて放課後や休日に、図書館や学生会館で落ち合う約束をさせた。
 ふたりは読んだ本を題材に、図書室や談話室で長い間話し込んだ。
 接触が増えれば、情が湧くという計算である。
 そうこうするうちに、標的はすっかり術中に嵌り、エセルに敬意以上の親近感を見せるようになった。
 そこで、エセルは偶然を装ってさり気なく身体に触れたり、思わせぶりに見つめたりを繰り返し、自分が特別の感情を抱いていると相手に意識させるように図った。

 初々しくももどかしい交情を繰り返して、一月ほど経った頃、短いが親愛の情が篭った手紙を書き、本に挟んで手渡してみた。
 すると、すぐに相手から、もっと情熱的な恋文じみた返事が返ってきた。
 そろそろいけるとは思ったものの、慎重を期して秘密の文通を数週間ほど続け、思春期の青年らしい身体的な接触を求める文言を、詩的に控え目に、だが切々と書き綴って送った。

 自分でもわざとらしいと呆れるほど、躊躇いを見せ付けて、相手の渇望を煽った挙句。
 ある日の午後、人気の無い図書館の片隅で、優しく唇に触れるだけの接吻をした。
 その翌日には、本棚の陰に隠れて半ば強引に抱き締めて、情熱的に唇を重ねた。

 一度一線を越えさせると、そこから先は呆気ないほど簡単に事は進んだ。
 すぐに、放課後のみならず休み時間にも、人目を盗んで抱き合うようになり、衣服の上から大胆に身体をまさぐる愛撫にも応じるようになった。
 少女に紛う美貌とほっそりした肢体を備えたロビンは、この方面でも飲み込みの早い優等生だった。
 教え込まれる快感のレッスンに素直に反応を示し、薔薇色に頬を上気させて、曇った眼鏡の奥の瞳を潤ませた。

 淫らな講義は短期間にエスカレートし、相互に相手の性器を愛撫しあう手淫の次は、口と舌を使った奉仕へ。
 最初は躊躇いつつ、ぎこちなく。けれども従順に。
 半年前には冷淡なほどお堅かった優等生が、瞬く間に淫らな花に変貌した。

 初めてのセックスは、校舎裏の茂みで尻だけを剥き出させて背後から貫くという、ロマンの欠片も無い、荒々しいものだった。
 細い手首を掴んで後ろに引き絞って拘束し、薄い尻に激しく腰を打ち付けると、華奢な背を反らし、ビスクドールのように滑らかな頬を涙で濡らした。
 変声前の、押し殺したか細い喘ぎが堪らなく嗜虐心をそそって、欲望のままに犯していた。

 

 一度抱いた後は、エセルは優しい恋人の偽装をかなぐり捨てた。
 呼びつけられたら、どんな命令でもすぐに従えと、にこやかに、だが冷徹に命じた。
 大仰な脅しは、却ってこちらの命取りになるから使わない。
 ただ、彼我の力関係と、不従順や反抗の罰に彼が失うものを、言外にそれとなく匂わせただけだ。
 賢すぎるほど賢いこの秀才には、関係を断ち切るリスクは重々承知だろう。何と言っても、彼もまた輝く未来を嘱望される、旧家の子息なのだから。

 ロバートは、長い睫毛を伏せ、震える唇を噛んだだけで、全裸になって這えと言うエセルの命令に従順に従った。
 まだエセルに対して恋愛感情を抱いていたのかも知れないし、短い間に覚え込まされた若い肉体の欲望に逆らえなかったのかも知れない。

 その後、校内や屋外で、大胆にも発覚の危険を冒して美貌の下級生を抱くスリルを愉しんだが、それだけでは彼は満足できなかった。
 寮長に選ばれたのを期に、かねてからの計画を実行に移した。
 学業優秀、品行方正な学年首席としての評判と、そして実家が多額の寄付金を払っている名家である立場を利用して、学長をはじめとする教師たちに働きかけ、ロビンを下級生の大部屋から自室近くの二人部屋に移動させることに成功した。
 この特別待遇を承諾させる名目は、学年首席で将来の監督生候補の優秀な生徒への褒賞である。

 同室者に選んだ生徒は、既に重篤な規則違反を揉み消してたっぷりと貸しを作った上に、少しばかり鼻薬を効かせて、大概のことは言いなりになる信奉者に仕立ててある。
 連れ出したロビンが朝まで戻らなかろうが、舎監の先生に密告される気遣いは無い。
 寮長には慣習として、常に個室を与えられているから、消灯を迎えた後は殆ど自由に時間を使える。
 こうしてエセルは、いつでも好きな時に弄べるペットを手に入れた。