今日は10月最後の日。
カイがこの町に越して来て最初のハロウィンだ。
古き良き時代の面影を残す、こじんまりとしたコミュニティだと言うのは、ルームシェアした友人から聞いていた。
話に違わず、10月に入ってからこの界隈には、ハロウィンのオレンジと黒が溢れていた。
窓辺に紙製のオーナメントを吊り下げたり、庭にジャック・オー・ランタンを飾ったりするだけでなく、家全体をクリスマス並みに電飾でライトアップしたり、巨大カボチャを手彫りする本格的な家すらある。
昔からの住人もそれなりに多いので、何かと注目されやすい新参者としてはできるだけ早くコミュニティに溶け込もうと、ささやかながら玄関先にパーティ用品売り場で買った小さなランタンを吊るしておいた。
玄関のチャイムが鳴った。
念の為モニター画面で外を確認すると、庭に、思い思いの仮装をした子供たち5、6人と、付き添いの男女二人が立っているのが見えた。
二人とも近所の住人で、既に面識はある。
先日、ハロウィンの宵に近所の子供たち数組がこのあたりの住宅を訪問する話が出た際に、近隣の住民と慣れ親しむ良い機会だと快諾したのだった。
インターホンのマイク越しに、「トリック・オア・トリート!」とまだ幼さの混じる声が弾む。
生憎と友人は恋人とデート(泊まりがけでパーティだとか!)で留守だったが、カイひとりで宵の口から既に何組かの子供たちを出迎えて、菓子を渡していた。
時刻はもう21時近い。今夜はこの組で最後だろうか。
用意の菓子を盛った籠を手に、ドアのロックを解除して、扉を開けた。
菓子を心待ちにしているであろう子供たちを、にこやかに出迎える。
「ハッピー・ハロウィーン!」
が、しかし、玄関前に見出した一団には、微妙な違和感を覚えた。
確かに同じモンスターの仮装をした集団、なのではあったが。
「ハッピー・ハロウィーン!!」
陽気に唱和した声は、大人の男のもの。
制止する間もなく、家の中に雪崩れ込んできた一団が、カイを取り囲み押し流す。
ゲラゲラと馬鹿笑いしながら、飛び跳ね、箒や鎌を振り回し、腕を掴んで引き摺っていくのは、断じて子供などではない。中身は何であれ、れっきとした成人の背丈だ。
モニター画面には映っていた、引率の知人たちの姿も見当たらない。
廊下を奥へと引き摺られていく合間に、化け物のひとりが玄関に鍵を掛け、外灯を消すのがちらりと見えた。
モンスターたちは、ダイニングに入り込むと、テーブルの上の物を乱暴に床に浚い落として、そこにカイを押し倒した。
「やめろ!離せ!」
恐慌を来たし暴れたが、四方八方から伸びた手に押さえ付けられる。
手際よく両手足首と両膝にロープを掛けてテーブルの足に括り付け、あっという間に拘束してしまった。
見回せば、周りには怪物たちがずらりと並び、食卓の上のカイを見下ろしていた。
しかも、死角であるキッチンの方からは、軽口を叩きながら冷蔵庫や戸棚を開けて漁る音が聞こえてくる。
ずん、といきなり重い恐怖の塊を腹の底に感じた。
何をするつもりだ、と問いたくてもまともに声が出ない。
はっはっと浅い呼吸を繰り返し、喉を鳴らして唾を飲み込む。
モンスターたちのマスクはいずれも恐ろしく精巧だった。
仮装用にそこらの店で売っているちゃちなものではなく、映画の特殊メイクのように表情筋にあわせて頬や口も動くし、衣装も本物っぽいしっかりとした布地で出来ていた。
だが、こいつらが何者であるかは全く分からない。
「もてなしてくれるんだろ?」
モンスターたちのひとり、短い黒角、細い顎鬚を生やした赤ら顔のデビルが、ニヤリと嗤った。
キッチンばさみをチョキチョキと刃を動かして見せ付けた後、鼻歌を歌いながら衣服を切り裂いていった。
その瞬間に、もしかしたら友人たちの手の込んだ悪戯かも知れないという一抹の、縋るような期待は霧散した。
シャツもジーパンも、下着ごとずたずたに切り裂かれ、身体から取り除かれた。
素裸の肉体が、ダイニングテーブルに縛り付けられて、闖入者の目の前に曝け出された。
膝を左右に大きく開く形で固定されているため、性器は無論のこと、双肉の奥の肛門すら覗ける有様だ。
羞恥に頭の芯がカッと眩み、白い肌が紅潮して艶めく。
灰色の髪を振り乱した魔女が、蜂蜜のボトルを手にして、キシシッと気味悪く嗤う。
「ほかほかのパンケーキには、甘ぁい蜜を掛けないとねえ」
褐色の毛皮に包まれた狼男がしたり顔で頷く。
「俺は甘い蜂蜜にびたびたに浸ったのが大好きだ」
周囲に聳え立つ怪物たちはゲラゲラと笑い、或いは頷いた。取り囲む頭が森のように揺れ動く。
灰色の魔女が飛び跳ね、上機嫌で叫んだ。
「さあ坊やたち、甘ーい甘いお菓子だよぅ」