箱の中 - 2/3

 アレは唐突にやってきた。
 足首に軟らかく湿ったロープのようなものが絡みついたかと思うと、不意に両脚を閉ざしていた拘束が緩んだ。
 続いて似たような紐状のものが何本も、うねうねと先を争って足を緊縛していた布地の間に入り込み、膚を這い上がる。

 彼は、マスクの下の閉ざされた口の中で息を呑む。
 皮膚を這い回るそれは、もはや慣れ親しんだ感触。
 脳裏に、自分に殺到する肉色の触手の群れをくっきりと幻視していた。

 ティッシュペーパーを裂くようにやすやすと、拘束着が引き裂かれ、身体から取り除かれる。
 自由になったのもつかの間、下肢を大きく左右に割り開かれた。すぐさま両の手首も捉えられて、大の字に身体を伸ばされる。
 ぞわぞわと蠢く群れは、今や腰を通り過ぎて背まで達し、宙に張り付けられた彼の身体を隈なく埋めていた。
 接触した箇所全ての膚が過敏にざわめき、ほんの僅かな刺激にも快感を芽吹かせた。

 両足の間の秘められた奥処に、数本の触手が忍び込む。
 慎ましく閉ざされた蕾を押し、皺んだ襞に満遍なく纏ったぬめりを擦り付ける。
 彼は頭をのけぞらせ、喉を晒して呻いた。
 繰り返された悪夢の中で、幾度も弄ばれ貫かれたその部分は性器となり果て、際立った快感を神経に伝える。

 ビクリと腰が揺れた弾み、さしたる抵抗もなく一本の触手がぬるりと内側に入り込んだ。
 その後を追って、更に二本三本と。撚り紐のごとくに絡まり合って、開花した蕾に滑り込む。
 ぬるぬるしたものは、滑らかに抜き差しを繰り返して、徐々に奥へ奥へと進んだ。
 内部から押し開き、貫く塊に満たされて、射精感に似たもどかしい熱が腰の内側に溜まっていく。
 ゆるゆると下肢が戦慄き、くぐもった声がマスクの下から洩れた。
 それは、また精根尽き果てるまで犯し抜かれる快楽地獄が始まるという絶望の叫びでありながら、どこか甘い安堵の響きを伴っていた。

 ぬめぬめと絡みついては擦り立てる肉紐のざわめきと、腸壁を隔てて前立腺をノックし続ける蠢きに促されて、雄の器官がそそり立つ。
 肉紐は、渇望の涙を滲ませ始めた男茎に、それだけではイけない程度の緩い刺激を与えながら、腸を掻き回されて噎ぶ男が射精の前兆を示すと、根本と陰嚢を一纏めにぎゅっと締め上げて、塞き止めてしまうのだった。

 ひしめく触手は遂に顔にまで達し、異物を攻撃するようにマスクとの境目を撫で擦っていた。
 やにわにマスクを顔の下半分に貼り付けていた後頭部のベルトが解けた。肉紐の群はやすやすと拘束具を引き剥がすと、強引に唇を割り、口中に侵入してきた。
 明らかに太さの違う触手が一本、傘状の先端で口蓋を擦り、深々と口を犯す。一緒に雪崩れ込んできた従者のような細い触手たちは、舌の付け根を擽り、歯列をなぞって纏った粘液を擦りつけた。
 草の汁に似た仄かな甘味と微かな苦味が、たちまち口中に広がった。
 極太の肉綱は、リズミカルに口腔を突いて暴れ回る。
 屈辱感にまみれた苦痛の悲鳴は、被虐の悦を帯びて、甘い呻きとなった。

 突然、胸に痛みの花が開き、全身が強張る。
 触手が、平坦な胸に芽吹いた粒に巻き付いて、きつく締め上げたのだ。
 と、その尖りを、吸盤のようなものに吸い付かれた感触がした。
 根本から括り出されて硬く尖った乳首が、濡れた粘膜の内側で転がされる。舐めしゃぶり、突付かれ、吸われ、その度毎に青年の腰はガクガクと震えた。
 そこへ、極細の鋼線のようなものが、先端につぷりと突き刺さったかと思うと、乳首の内側に侵入してきた。
 潜り込む蠕動が繰り返されるたび、甘い疼痛が胸全体に漣の如くに広がる。
 乳首を犯されてる、と白く霞んだ意識の底で思った。

 今や触手は、彼の全身を包み込んで這い回っていた。
 殆どの拘束具を取り去られた素裸に、何故か目隠しだけが奪われずに残されて、変わらず彼の視覚を封じていた。
 故に彼は、自分を犯すものの姿を、今を持って知ることが出来ないのだった。
 大の字に引き伸ばされた肉体は、蠢動する肉紐の只中で、痙攣し、硬直し、仰け反り、揺れ撓む。
 打たれた獣のおめきを上げて、熱い快楽の泥濘でもがいた。

 先刻からずっと、絶頂寸前の快楽を引き伸ばされて、脳味噌も心臓も弾けそうだった。
 上り詰めては寸前で痛みを与えられて、引きずり下ろされて。
 体の内外が融け合って渾然一体となるほど、間断なく責め立てられているのに、繋ぎ止める軛を引き千切って圧倒的な忘我の境地に至るほどの強度が足りないのだ。

 もどかしかった。
 中途半端な快感しか与えてもらえない陽根の焦燥感もさることながら、繰り返される凌辱ですっかり淫蕩な穴に作り替えられた後孔を、細い触手でしか埋めてもらえない物足りなさでおかしくなりそうだった。
 もっと太く、もっと硬いものでからだの奥深くまで貫いて埋めて欲しい。壊れるほど激しくメチャクチャに突いて欲しい。

 その願いを察知したのか、腸内で蠢いていた触手が動きを変えた。
 腸を満たしていた塊が退いていく。肉紐が体内から抜け出ていく感覚に、男は失望の短い悲鳴を上げた。

 しかし、触手は完全に去ってしまったのではなかった。
 数本が内部に留まって、蕾の縁に先端部を引っ掛け、強引に開口部を大きく広げた。
 無理矢理に開花させられた蕾は、肉筒の内側を晒して、期待にひくついた。
 そこに、巨大な硬いものが充てがわれた時、男は安堵の溜息を吐いた。
 圧倒的な質量のものが狭い肉筒を押し開いて、ゆっくりと押し進む。腹腔を串刺しにされる感覚を思い知らせるように。
 腸を食い破られるような激痛は、だが、暴虐の塊に蹂躙される歓喜に、すり替えられた。苦痛と快感は表裏一体だった。

 眼裏に赤黒い閃光が弾け飛び、これ以上ないほど張り詰めた陰茎は、肉紐の戒めにも拘らず、間欠泉のように白濁まじりの淫水を迸らせた。
 僅かに残った理性は、頭の隅で恐怖の絶叫を上げ続けていた。
 だがそれも、蕩けて潤み切った脳髄には、遠い雑音に過ぎなかった。

 おもむろに、濡れそぼつ屹立が生温かい口に咥え込まれる。
 舌も歯もないそれは、女の秘められた空洞にも似ていて、陰茎をみっしりと包み、蠢く肉襞で締め付けた。
 搾り取る動きに自然に腰が揺れ、肉杭に貫かれた奥処を更に荒らされる結果となった。
 女の洞と異なっていたのは、内側に侵入者を秘めていた点だ。
 柔肉に揉み扱かれていた勃起に、突如開いた縦目を抉られる痛みが襲った。
 乳首に潜り込んだのと似た、硬い線のようなものが尿道に侵入してきたとは、惑乱した男にはもう意識できなかった。
 甘い疼きを孕んだ熱痛が、酸となって陽物を内側から灼く。
 前立腺を内と外の両側から叩かれる衝撃が一瞬くっきりと浮かび上がり、激痛と快感がグチャグチャに入り混じった奔流に押し流された。

 肉杭の上で男はガクガクと痙攣し、無防備な喉を晒した。その口腔にも肉杭が入り込み、喉奥を犯していた。
 もし見るものが居たならば、百舌の早贄の如く、尻から頭の天辺までを一本の杭が突き刺しているように見えたことだろう。
 肉杭がゆるゆると抽送を始めた。それに合わせ、尿道と乳首に突き刺さった細針も、抜き差しを繰り返す。

 全身の穴という穴を犯されて、男は肉縄に囚われた四肢の許す限りの、デタラメなダンスを踊った。
 稲妻に殴りつけられる衝撃が脳天まで駆け抜けて、それが何度も繰り返される。
 意識が真っ白に塗り潰されて、体内を乱打しつづける律動以外のもの全てが消えた。
 男は、凌辱される穴そのものになった。
 あとは、永劫に近いあいだ、犯され続けるだけだ。