ソナチネ - 1/3

Darius – 1

「ふ……ふうぅ…っ……ぁああっ……」

 低い振動音を底流に、うっすらと開いた唇から、熱く濡れた喘ぎが絶え間なく零れる。
 リノリウムの灰色の床に転がっているのは、二十代と思しい黒髪の青年。
 きめ細かな象牙色の膚が今は薔薇色に染まり、引き締まった体は震えながらのたうっていた。

 青年の腕も脚もぴっちりとしたラバーに包まれ、手首と足首がそれぞれ肩口と太腿に付くように拘束されているため、犬のように四つん這いでしか移動できない。
 それも横倒しになった今では、自力で起き上がることすら難しいだろう。
 喉頸を飾る首輪と拘束具の他は全裸の体から噴き出した汗が、じっとりと灰色の床を濡らしていた。

「ぅふン……ンンンン、ふあ、はぁっ……」

 青年の熱を孕んで潤んだ瞳は、少し離れた場所でソファに座って本を読んでいる男に、訴えかけるような視線を注いでいた。
 熱い吐息に混じる、鼻に掛かった呻き声が、酷く艶めかしい。
 にも拘らず、男は本から目を上げもしない。
 時計で計った如くに正確に、形の良い長い指でページを捲るのみだ。
 ソファの周りに配置された指向性スピーカーから流れる、ピアノコンチェルトの雨だれのような旋律に包まれ、男は青年の存在を完全に黙殺していた。

「あっ、あっ!あ、うあ…あ…ぁぁ……」

 突然全身がひくりと硬直し、甲高い啼き声が涎で濡れた唇から上がった。
 棒状に固められた脚の間で、ぎちぎちに勃起したペニスがふるふると震える。
 それもそのはず、青年の尻穴には球体をいくつも連ねた形のバイブが深々と埋められていた。
 常に振動するそれに腸壁ごしに快楽の源を揺さぶられ、甘い疼きに腰骨の内側をどろどろに蕩かされて、ほんの僅か身動ぎしただけで痺れが走って絶頂寸前の快感に晒されるのだ。
 堪え切れぬ戦慄きに下腹から太腿までが先走りで濡れて、熟れた淫臭が辺りに立ち込めている。

 だが、悦楽の煉獄(タンタロス)に追い込みながら、バイブの刺激は青年に吐精の開放を許してはくれない。
 緩やかな振動は、性感を煽るだけ煽りながら青年にイくことを許さない。
 既に何時間もギリギリの状態で放置されて、青年の意識は絶頂を味わい、開放される渇望だけに塗り潰されていた。

「ふあぁ……あっ…あ……あ……ぅうン……」

 口の端から溢れた唾液が顎を伝い、リノリウムの床に点々と染みを作る。
 太腿か床にペニスを擦り付けたい。イかせてと叫びたい。
 それを阻むのは、主の存在。
 青年の手足を四足の獣のように縛め、肛門にバイブを捻じ込んでおきながら、素知らぬ顔で放置している男。
 仲間とともに青年を拉致し、輪姦し、首輪を付け性交奴隷にして飼っている男。
 その主が。

 性交奴隷には、主の許可を得ずに言葉を発することも、勝手に射精することも許されていない。
 万一喋ったり、堪え切れずに射精すれば、手酷い折檻が待っている。
 泣いて許し請おうと無駄、今よりももっと苦痛に満ちた方法で痛めつけられ、圧倒的な痛みと快感で失神するまで続けられる。
 それは、この部屋で過ごした数日間で、嫌と言うほど体験済みだった。
 だからこそ、ともすれば哀訴の言葉を洩らしそうになるのに耐えて、口を噤んでいるのだった。

 

 全く省みられることなく更に十数分が過ぎ。
 遂に男がぱたりと本を閉じた。
 携帯端末を使ってスピーカーの音量を落すと、優美な動作でソファから立ち上がる。
 横たわる青年は、天井の明かりを遮る影に気付き、涎と涙でぐしゃぐしゃに濡れた顔を上げた。
 朦朧とした瞳は、己の前に立つ主をぼんやりと見上げるのが精一杯だ。

「いやらしいイヌだ。尻だけでそんなに感じるのか?」

 主の顔は逆光で見えないが、頭上から降ってくる声は冷たく蔑みに満ちていた。
 革靴の爪先が太腿を蹴りつけ、脚を大きく開かせる。
 蹴られた痛み以上に、バイブが前立腺に押し当てられて生じた、ペニスの先まで響く熱い波紋に呻く。
 下腹に触れそうになるまで勃起したペニスも、硬く膨れ上がった睾丸も、尻尾のようにバイブの柄が突き出たアヌスも、全てが男の目の前に晒された。

「チンポもケツ穴もぐちょぐちょだな、え?」

 男は、青年の剃られて無毛となった股間に靴底を押し当てる。
 青年の顔が陶酔の影を残しながらも恐怖に引き攣った。
 圧力は少ししか掛かっていないが、圧迫された睾丸に幻痛を感じる。
 最初に輪姦された時に、精液を全部飲まなかったと言っては睾丸に加えられた、激しい折檻の記憶はまだ生々しく脳裏にこびりついていた。

 性交奴隷の端整な顔が怯えて引き歪むのを面白そうに見下ろし、男は爪先で裏筋を擦り上げた。
 驚くべきことに、青年のペニスはまだ硬度を保っていた。
 靴裏全体で陰茎を下腹に押し付けるように上下左右に転がされると、長い間待ち焦がれていた刺激に下半身が溶け崩れてしまう。

「ハッ…ハッ……ぁはあっ、ああぁああああ」

 べとべとに湿ったカリ首をリズムをつけて圧迫され、熱の混じった吐息は次第に切羽詰った喘ぎに変わる。
 視界が白く霞んで頭の芯が煮え立つようだ。
 裏筋をもっと揉んで欲しくて、自然恥骨を突き出すように尻に力が入る。
 結果として、尻肉で直腸内のバイブも強く挟んでしまい、更に強烈に前立腺に振動を受けて腰が跳ねた。

 だが、クライマックスが近付き、青年の太腿の内側に緊張が走ったところで、男は急に足を股間からどかしてしまった。
 ぱくぱくと口を開く尿道口から白い濁りの混じった先走りを吹き出させ、快楽を中断されたペニスが空しく震える。動きを止められぬ腰ががくがくと震えた。

「あ、あーーっ……」

 鼻に掛かった失意の悲鳴を上げ、満たされぬ欲に涙を流す。棒のような腕が宙を掻いた。
 男はしゃがみ込み、青年の髪を掴んで顔を上げさせる。
 艶めかしく紅潮した頬、艶含んで物欲しげに開いた唇。
 何より、蜜のように蕩けた瞳が。
 完全に性交奴隷の顔になっていた。

 男はそれを見届けると、侮蔑の色もありありと鼻を鳴らした。
 髪を引き、足元の床に顔を押し付ける。

「靴が汚れたじゃないか。ちゃんと舐めて綺麗にしろ」

 青年はのろのろと顔を起こし、諦めと陶酔の入り混じった表情で、革靴の表面に舌を這わせる。
 その被虐の凄絶な色香。

「ふっ…ぅん……」
「薄汚い牝犬が」

 男は吐き捨て、性交奴隷の薔薇色に色づいた乳首を爪を立てて抓った。
 奴隷イヌの濡れた唇から、悦びの混じった短い悲鳴が上がる。

「お前がどれほど淫乱で、救い難い変態か、たっぷりと思い知らせてやる」

 男の怒りの篭った囁きさえ、今は情欲にくべられた粗朶にしかならない。
 これから男から与えられる過酷な快楽地獄を思い、紅潮の浮かぶ膚を更に朱に染めて、青年はぞくりと身を震わせた。