死がふたりを分かつまで - 2/2

 私は自室のバスルームで身を清めた。
 パーティ前に仕込んだアナルプラグを外し、専用の器具で念入りに内部を洗浄する。
 新たにローションを注入し、念の為に細めのディルドで拡張しておいた。
 仕上げに、密封容器から特製の香料を取り出し、肌に擦り込む。
 膝裏から始めて太腿の内側、そして腰に、少量を薄く、だがむらなく延ばしてゆく。
 尻肉のあわいには、特に丹念に塗り込めた。

 

 戻ると、老人は既に寝間着に着替え、愛用の肘掛け椅子に座って待っていた。
 その足元にはカールが、スフィンクスの如く控えている。
 私はガウンを肩から滑らせ、床に脱ぎ落した。
 首輪の他は、一糸纏わぬ全裸となる。
 カールと揃いのデザインの、特別誂えの品だ。私と彼とを結びつける、婚姻の証。

「カール、お前の花嫁は本当に綺麗だね」
 老人が感嘆した声をあげ、愛犬の頭を撫でる。
 カールが私を見ている。
 それだけで、私の股間のものは勃ち上がり始めていた。

 興奮して体温が上昇すれば、揮発して香がより強く立ち昇る。
 身につけた香料には、雌犬が発情期に分泌するフェロモンと同じ成分が配合されている。
 人間の何倍も嗅覚の優れた彼には、私が発情し、彼を迎え入れる準備が整っていることはもう伝わっている筈だ。
 同様のフェロモンは、さっき直腸内に注入したローションにも、微量ではあるが含まれている。

 私は床に両手をついて這い、ゆっくりと後ろを向いた。
 腰を上げ、媚香を塗り込めた尻穴を見せて彼を誘う。
 カールはいつも冷静な彼らしくもなく、落ち着かぬ様子で近付いてくる。
 距離を測るように回る彼に、私は裸体を彼の毛皮に覆われた身体に摺り寄せた。
 彼は濡れた鼻先を私のアヌスに寄せ、匂いを嗅いだ。
 平べったい舌が、穴を舐める。

「は、ぁ……っ」

 私は濡れた吐息を洩らした。
 舌が入り込み、やわらかく綻んだ蕾を押す。
 それが濡れた音を立てて動くたび、ゆる、と私の背に甘い疼きが蜜のように流れた。腰骨の奥に重く溜まってゆく。
 耐えられなくなって強請る前に、カールが背後から圧し掛かってきた。
 彼は前足でしっかりと私の腰を抱え、剥き出しのペニスを濡れそぼった私の穴に突き入れた。

「ああ……」

 肉の槍が筋肉の筒を押し開いて、入ってくる。
 私のからだはカールの逞しいペニスに深々と貫かれ、私は恍惚とそれを受け入れる。
 強い牡に征服される歓喜。
 私は彼の番いの牝犬、彼の妻だ。

「アッ、ああン、カール……」

 忙しない彼の息遣いが聞こえ、熱い呼気が私の背に落ちる。
 覆い被さったカールが激しく腰を振る。
 内臓の奥深くまで突きまくられ、快楽の源を揺さぶられて、私は悶え叫んだ。
 がくがくと四肢を震わせ、ぎちぎちに勃起したペニスから絶え間なく蜜を垂らす。

「あっ、あ、ぃっいィ ん、カール、カールッ――!」

 慎ましやかな同族の牝と異なり、はしたなくも大声を張り上げる私を、カールがどう感じるかと思わなくもないのだが、私はいつも声を抑えることが出来ない。
 めあわされた当初は途惑う素振りを見せた彼も、今では私が悦んでいるのを理解したようで、一層熱心に突いてくれる。

「んんン、ヒッ、イ、はあっ、あっあっ、あ ああ」

 最初の射精が始まり、私は熱い精液をたっぷりと注ぎ込まれる悦びに咽び泣いた。
 そのうちに彼のペニスの基部の瘤がずんずんと大きくなり、私のアヌスを押し広げて塞いでしまった。
 私は、灼熱の杭に尻から頭の先まで串刺しにされる。
 腹の中が、堰き止められた大量の精液で満たされていく。
 膨れ上がる内圧に、私はこれ以上手を突いておられず、恍惚と頽れた。

 絨毯に顔を埋めて汗みずくで喘いでいる間に、彼は私の背から降り、私の体内にペニスを収めたまま後ろを向いてしまった。
 こうなってしまうと、彼が萎えるまで、私たちは尻と尻とをあわせて完全に結合した状態で何十分も過ごす。
 私は彼のペニスに繋がれ、彼に従属する付属物となる。その甘い、滾るような充実感。
 肩越しに振り返れば、カールの凛々しい横顔が見えた。

「カール、来なさい」
 老人が呼ぶと、カールはそちらへ歩いていこうとする。
 尻をあわせて繋がったままの私は、彼に引かれてよたよたと老人の元に這っていった。
 足元で喘ぐ私の汗ばんだ背を、老人は優しく撫でた。
 労わりのこもった、とても優しい瞳だ。
「良い仔ができるといいね」
 私は極上の、幸福な微笑を返した。

 

 先日の定期健診では、カールの肉体は5、6才相当の健康を保っているとの、極めて良好な結果が出た。
 犬の5~6才は、人間で言えばそろそろ中年に差し掛かったあたりだろうか。
 だが、実際のカールの年齢は、優にその6倍近い。
 ペットの寿命が飛躍的に延びたと言われる近年でも、犬の寿命は平均して15~18年くらいだと聞いている。また大型犬の方が短命だとも。
 老人は、彼の遺伝子と肉体をどれだけいじったのだろう。

 長年老人に仕えてきた初老の家令が、「本当は貴方様にお教えしない方がよいのかも知れませんが」と、躊躇いながらも話してくれた。
 カールの過去数度に渡る交配は、全て失敗したという。
 選び抜かれた牝たちとの仔は、流れるか死産で生まれるか、さもなければ重篤な奇形を抱えていて、長くは生存できなかった。
 元々カールは、老人が少年時代に飼っていた初代のクローンだ。
 再度クローニングしようにも、複雑すぎる遺伝子改変の所為で、もう一度同様の個体が生まれる保証はない。事実、失敗した。
 そもそも、カールのような類い稀な存在が生まれ、現在も生存していること自体が奇跡なのだ。

 ずっと傍にいてくれるよう長生きして欲しい。自分と心を通い合わせられるほど賢くあって欲しい。伴侶と仔犬たちに囲まれて、幸せに暮らす姿を見たい。
 老人のたくさんの願いを背負わされたカール。

 

 結合が解けた後、カールと私は肘掛け椅子に座った老人の足元に蹲り、彼の両側に寄り添った。
 私達は彼の両膝に頭を預け、うっとりと目を閉じる。
 老人は長いこと私達の頭を撫でていたが、次第にその手も止まりがちとなり、やがて安らかな寝息を立てて寝入ってしまった。
「ご主人様は眠ってしまわれたようだよ」
 私がそっと囁くと、カールは分かっているよと言いたげに私を見つめた。
 私はガウンを纏い、カールを付き添いに、老人を寝室に運んで寝かせた。

 

 私は自分の部屋に戻り、もう一度シャワーを浴びた。
 フェロモンは決められた時間が来れば自然に分解されるようになっているので、もう香りは飛んでいる筈だが、僅かでも残っていればカールによろしくない影響を与えてしまう。
 香を塗った下半身だけでなく、頭皮や髪も含め、丁寧に身体全体を洗ったが、体内にある彼の精液を洗い流すことだけはしなかった。
 老人の儚い希望を、夫の愛の証を、無下にはしない。
 異種族の、しかも男である私が孕むことは決してないが、彼の精子は異物として排除されることなく、私のなかに吸収されるだろう。
 老人は私の肉体も、改変していた。

 

 私は寝室の明かりを消し、ベッドに潜り込んで、カールの隣に横たわった。
 年上の夫の逞しい身体に触れ、身を寄せ合って眠る。
 そのあたたかい安らぎ。

 私は彼に言葉を教えようと思う。
 あくまでも彼の主人である老人は、そんなことを考えなかったのかも知れないが、私は彼の可能性を確かめてみたかった。
 時間は掛かるかも知れない。徒労に終わるかも知れない。
 けれども、ひょっとしたら、視覚障害者用のコミュニケーション・ツールを使って工夫すれば、音声で彼と対話が可能になるかも知れない。
 私も、もっと彼の種族のコミュニケーションを学び、彼の気持ちに近付こう。
 肉体構造の違う私には、困難だったり不可能だったりすることは多いだろうが、それでも。

 私は彼と会話したかった。もっと心を通い合わせたかった。
 何と言ってもカールは、私の愛する夫なのだから。

 

– end –