アダム

 熱い塊が押し入ってくる感触に、僕は、ああ、と呻いた。太くて硬いものに、からだの中心を突き通される。
 充実感に内側の粘膜がわななくのが分かる。体内に異物が居座るこの感覚に、僕はすっかり馴染んでしまった。
 鼻先に人間とは違う、くびれも何もない、つるんとした形状のものが突きつけられる。
 肉々しい色のそれを僕は舐めずり、口の中に納めていく。……しょっぱくて苦い味がする。
 後ろに陣取っていた犬頭の魔物が動き始めた。
 強い獣毛に覆われた下腹が、尻肉にガツガツと勢いよくぶつかってくる。こんな喧噪の中なのに、出し入れするたび、ぐぶぐぶと濁った淫音が、はしたないほど耳を突く。
 その振動に揺らされながら、棒キャンディーをしゃぶるみたいに、口の中のペニスを吸う。

 今の僕はどんな顔をしてるんだろう?
 もう長いこと鏡自体を見ていない。自分がどんな風に変わってしまったのかもよく分からない。
 右目が蛇の目みたいになってしまったのは知っているけど。
 慎みを失くした僕のペニスは、何もされなくてもいつも勃起状態。亀頭の下を貫く南京錠の重みは、もうすっかり慣れっこになってしまって、付いているのを忘れる時すらある。
 あーあ。僕はなんてものになってしまったんだろうね?

 

 攫われた日のことは、今でもはっきり憶えている。
 あの日はハロウィーンで、コウモリやカボチャの可愛い紙の飾りが、街のショウウィンドウに飾ってあったっけ。
 同棲二年目の彼女に、僕はそろそろ正式にプロポーズしようと考えていて、今夜あたり「次の休みの日に指輪を買いに行こう」と切り出すつもりだった。
 そのために仕事を早めに切り上げて、ちょっと良いワインと、彼女の好きな薔薇の花束を買って、家路を急いでいた。

 それなのに。
 僕は結局彼女に会えなかった。

 見慣れた通りの角を曲がったら、見知らぬ暗い大広間に立っていた。
 訳が分からなくて、呆然と立ち竦む僕の周りを、闇の中から滲み出た異形が取り巻いて。おぞましい姿に声も出せない僕に向かって、無数の手が触手が鉤爪が伸びる。
 咄嗟に僕は駆け出していた。とにかく一直線に走って、取り囲む化け物に体当たりしたら、幸運なことにそいつが周囲を巻き込んで将棋倒しに倒れたんだ。学生時代にフットボールをやっていたお陰かな。それで、包囲網を破って逃げ出そうとした。

 でも、無駄だった。どこまで行っても延々と暗い大広間が続いていて、扉にも辿り着けないんだ。
 あっという間に追いつかれて、お気に入りのトレンチコートも、クリーニング屋から戻ってきたばかりのスーツも、シャツも下着も、何もかも引き裂かれて剥ぎ取られてしまった。
 素裸になった僕は、床の上に引き摺り倒された。仰向けに両手両足を押さえつけられて、頭上にはずらりと並んだ化け物たちの姿。全員、ギラギラする目で僕を覗き込んでる。
 僕は錯乱していた、と思う。泣いているのだか、震えているのだか、叫んでいるのだか、もう分からなかった。こわいとか、痛いとか、助けてとか、何でこんなことにとか、区別のつかない混沌とした感情でいっぱいになって。

 それから。
 あれが始まった。

 あれ、は、ほんとうに酷いものだった。
 痛くて苦しくておそろしくて辛くて痛くてこわくて
 ……僕は、あんまり、おぼえていない。

 

 あれ、が終わった時、僕は暗い中にたった一人で、ぽつんといた。
 床に寝転がっていたのかなあ。何の感触もなかったけど。
 全身が痛いんだけど、痛さの上限を超えたらしくて、殆ど何も感じてないのと同じになってた。指一本動かせないし、自分の手足がどこにあるのかも分からないくらい。
 視界は暗くて何も見えない。

 終わったのかな、って。ぼんやり考えた。化け物の姿が見えないし、何かされてるって感触がなかったから。
 やっと蹂躙が終わってホッとしたとか、そういう明確な感情は湧かなかった。済んだから家に帰れるって気もしなかった。
 何となく、僕は死ぬのかな……って思った。
 そう自覚すると、酷く寒く感じてきてね。体の芯までしんしんと冷気が沁みてきて。
 ほんとうに終わりなんだ、って気がしたよ。
 僕はひとりぼっちで、ここで終わっちゃうんだ、って。

 そしたら。

 突然、声が聞こえた。
 “生きたいか”
 頭の芯まで響くのに、耳元で囁くみたいに微か。硬質で無機質で……深く染み通る。

 迷う暇なんか無かった。
 僕はどうしても生きたかった。死にたくなかったんだ。
 だから、願った。生きたい、って。
 帰りたいでも、ここから逃げ出したいでもなく、「生きたい」と。

 僕は多分、あの時に一度死んだんだと思う。
 僕の身体は、かなり凄いことになっていたと思うから。

 気が付いたら僕は、巨大な化け物の前にいた。
 天井が見えない広大な空間に、のけ反るくらい見上げてようやく頭があると分かるくらいの、巨大な化け物。
 樹木みたいな脚が、林のように林立する。
 黒っぽい毛ともシダ類ともつかないものが生えた、小山のような胴体。
 羊か山羊みたいな角がデタラメに生えた頭。
 ひたひたと押し寄せる水にくるぶしを浸し、僕は呆然と立ち尽くした。
 ――それが、さっきの声の正体だと不意に閃いた。

 身体は、あの出来事が嘘のように、綺麗さっぱり治ってた。
 また声が聞こえて、僕に何事か言っている。“声”は音声じゃないとその時気付いた。テレパシー、とか呼ばれてるものらしい、とね。
 何を言ってるか全然分からないのに、僕の頭の中に意味だけが放り込まれる。
 僕は、これから何処かへ行かねばならないらしい。それだけがかろうじて理解できて。
 瞬きの間に、また僕は異形の群れに囲まれていた。

 どこかの魔物の前にテレポートさせられたなんて、考える余裕すらなかったよ。
 また、恐怖と苦痛の時間が始まった。

 

 それからしばらく……何日?……何ヶ月?……一年?……の間のことはよく憶えていない。
 僕は気が狂っていたんだと思う。
 そりゃそうだよね。
 目が覚めたら魔物たちに囲まれてて、レイプされ続けて。身体が治ったらまた、魔物のところに放り込まれて。その繰り返し。
 あの宴からずっと、終わらない悪夢が続いているようなものだもの。

 でも、何だろうね。
 そんなのでも慣れてくるらしい。どのくらいか経つと、段々と正気が戻ってきた。
 僕は自分の肉体に起きていることを、精神を切り離して眺められるようになっていた。
 自分の頭のらへんに浮かんでて、少し上の方から自分自身を見下ろしてる感じ。
 不思議なことに、肉体が痛めつけられていても、痛みも何も感じないんだ。
 ボーッと自分を見下ろして、凄く冷静に、あ、痛そうだなーとか、これじゃあまた壊れちゃうな、とか考えてた。
 あの頃の僕は、いつも恐怖に顔を引き攣らせて、子供みたいに泣き喚いてた。
 それなのに、レイプされてる最中の僕のペニスはギンギンに勃起してて、魔物たちに手酷く揶揄われてたよ。
 おかしいけど、そんなのも全然異常に思わなくなってた。あんなにメチャクチャにされてるのに気持ちいいのかな、って。その程度の疑問。

 その後、あるきっかけ――「あるひと」のお陰――で僕は、完全に自分というものを取り戻した訳だけれど。
 そうして僕は、自分の現在を受け入れた。変わってしまった自分を。ご主人様のもとで、こうやって生きていくことを。

 こんな目に遭って、生きていたくない、死にたい、死なさせてくれ、って言う人もいるかも知れないね。
 でも、僕はそれでも生きてたい。
 魔物にレイプされ続けるような日々でも、死ぬほど辛くても苦しくても、死にたくない、生きていたいって思うんだ。

 

– to be continued –