「ただいま、淳士あつし
 カサつくレジ袋を下げた男が、戸口で声をかけると、闇に満たされた部屋の中で、床に横たわる小さな塊がもぞりと身動ぎした。
 背後の廊下の灯りが光の帯となって闇を分断し、起き上がる小柄な人影の輪郭を浮き上がらせる。

「電気、つけるよ」
 男は壁を探り、電灯のスイッチを入れた。
 天井から、暴力的なほど白々とした蛍光灯の光が降り注ぐ。
 眩しさに涙を滲ませ、頻りに目を瞬かせる小さな顔は、まだ幼さを残していた。

 白い防音パネルで囲われた殺風景な部屋には、ほんの数カ月前まではグランドピアノが置いてあった。
 レースをかけた小机や、楽譜入れの書棚もあった。
 今では無骨なパイプベッドが一つきり。他にまともな調度など無い。
 そして、そのパイプの脚には少年がひとり、鎖で繋がれていた。
 両手首の手錠、左足首に嵌められた枷のほかは、何の彩りも身につけていない。

「遅くなって悪かったね。今、夕食にするからね」
 男は、素裸の身を縮こまらせてうずくまる少年の前に、しゃがみ込む。
 袋の中から、コンビニ弁当と飲料水のボトルを取り出し、床に並べ始めた。
 ふと傍らの床に直置きされたトレイを覗き込み、合成樹脂の食器の中身に眉をひそめる。
「帰るの待ってたら腹減るだろうと思って、飯置いてったのに、あんまり減ってないね。好き嫌いせずに、ちゃんと食べないと大きくなれないぞ」
 項垂れた頭を、優しくぽんぽんと叩く。
「残すような悪い子はお仕置きだよ」
 声音は穏やかだったが、少年の身体はびくりと震えた。
 両手首の間に渡された鎖が、しゃらりと鳴る。

 短い間の後、荒れた唇から絞り出された小さな声。
「……べ、ます」
「え?何?もっと大きな声で言わないと分からないよ」
 怪訝な顔で男が問い返す。
「……ぜんぶ、食べ、る、から」
 少年は、深皿に残った料理を素手で掴み、口に運び始めた
 スーパーの安売り惣菜の中身を適当にぶちまけて皿に乗せただけの料理は、脂っこい上にすっかり冷め切っていて、お世辞にも美味とは言いがたい代物。
 にも関わらず、必死の形相で口の中に押し込んでいく。

「やっぱり腹減ってたんだろ。ほら、水も飲まないと喉詰まるぞ」
 男は苦笑して、ボトルのミネラルウォーターを飲み水用のメラミン製カップに注いだ。
 ぎゅっと目を瞑り、冷えた料理を掻っ込む少年に、注ぐ眼差しはあくまで優しい。
「おかわりもあるからな。たくさん食べろよ」
 ぽんと頭に手を置いた後、自分も買ってきた弁当を食べ始めた。

「それじゃあ、そろそろ風呂入って、寝る支度をするか」
 食後の一休憩の後、男がそう言って立ち上がる。
 その言葉に、食べ終えてからずっと俯いて口を押さえていた少年が、弾かれたように顔を上げた。
 蒼白の少年の、食い入る視線には頓着せず、男はおもむろにベッド傍に置かれた無骨な収納ボックスから、もうひとつ、金属の手錠を取り出した。
 唇にうっすら笑みさえ浮かべて、足首の拘束具を付け替え、ベッドの脚に繋いでいた枷を外す。
「体、キレイにしないとな」
 少年にこびりついた怯えの色が更に濃くなる。噛み締めた唇から血の気が失せていた。
 男は、だが、それに気付かぬように、背と膝裏に手を回して少年を抱き上げた。
 男の腕は力強く、少年の重みなど問題にもしていないように軽々と、部屋の外へ運んでいく。
 少年は諦めたように、男の広い胸に顔を伏せた。